見たことない。
生まれてはじめて…いや、そんなことはないかもしれないけど、それぐらい驚く料理が俺の前に運ばれてきた。
何が普通じゃないって、量だ。
パンにしろグリルにしろ酒にしろ、三食分ぐらいあるんじゃないか?
「…いいのか?こんなに出してもらって」
「いいんだいいんだ!あんた達は娘の命の恩人だからな!」
店主は豪快に笑いながら俺の背を叩いた。
店の中は戦慄の走っていたさっきまでとは打って変わってお祭り騒ぎだ。俺の隣には店主の娘だったあの少女が座っている。時々ちらりと俺達を見ては、すぐに水を注いでくれる。
「お兄ちゃん達、本当にありがとう」
「いや。よかったよ、君の顔に傷がつかなくて」
俺が頭をなでてやると、少女はにっこりと笑った。
俺の左隣りに座っていた黒い奇術師は、その様子をほほえましそうに見ていた。くらくらしそうな強い酒の匂いが漂ってくる。
「おや、匂いますか」
「匂いだけで酔いそうだよ。あんた、随分酒に強いんだな」
「好きですからね、酒は」
そう言うと彼は喉を鳴らし、黄金色の液体を一気に飲み干した。凄いな、色白な細身は花や果物でも観賞しつつ、高貴な人達と世間話をしながら飲むのが似合いそうだったのに。
「えっと、シーガンだっけ。俺はアルツ」
「宜しく、アルツ殿。短い別れでしたね」
差し出された手を俺も掴む。
「殿なんてやめてくれよ。アルツでいい」
「わかりました、アルツ」
シーガンは柔らかい笑みを作った。そこへ騒ぐ人をかきわけて、ティリエもやってきた。
「ティリエ=シベルオラスよ。シーガン、さっきはごめんなさい。でもありがとう、あなたのおかげで助かったわ」
「宜しく、ティリエ嬢。いえ、先程は私が無礼でした。それに、貴女方が盗賊を呼んだなら別ですが、そうでないなら貴女が私に礼を言う必要もありませんよ」
ティリエはきょとんとしたが、それもそうかもと頷いた。
「でも…さっきのはあまりにも無謀だったわ」
ちら、とティリエが俺を見る。勘弁してくれよ、俺だって飛び出した後のことなんて考えてなかったんだ。
「いえ、素晴らしい判断でしたよ。テシンを手渡し油断を誘い、隙をついてアルツが切り込む。そこに彼が助けに入る。あの状況を三人でひっくり返すとは…ティリエ嬢の作戦勝ちですよ」
「だろ?流石ティリエだ!」
俺はティリエの肩を叩いた。折角シーガンが勘違いしてくれてるんだ、ここはわざわざ俺の無謀さをさらけ出すこともない。
ティリエは一瞬困った顔をしたが、次の瞬間には「でしょ?」と答えた。
ちなみに助けに入った『彼』は向こうの方で男達と酒をあおいでいる。俺が声をかけると実に上機嫌でやってきて、シーガンに握手を求めた。
「俺はロード=セザルグ。バーキンだっけ?」
「シーガンだよロード」
「ご紹介有難う。ロード殿、見事な剣捌きでいらっしゃいますね」
「そうか?まぁあんなチンピラ共には負けないけどな」
笑いながらロードは酒を流し込む。同じ酒飲みでもシーガンとは大違いだな。シーガンもざるらしいけど、その飲み方の中にはまだ気品があった。
シーガンはまだ誰も手を付けていないコップを見つけると、半分ぐらい酒を注いでティリエの前に置いた。
「ティリエ嬢も如何ですか?」
「遠慮しておくわ。飲めないの」
「あーティリエに酒は駄目だ。そいつ、クロチカでもぶっ倒れるからぞ」
ロードはひょいとコップを掴むと水みたいに飲み干してしまった。ティリエが不機嫌そうに睨む。
「余計なこと言わないで。そんな飲み方してると今にガタがきて剣を振れなくなるわよ」
その時は気合いだ、とよくわからない返事が聞こえた。あいつ、頭回ってないな。
俺は二人に聞こえないようにシーガンに顔を寄せた。
「クロチカって?」
「一般的に出ている一番安い弱い酒ですよ。子供でも飲めますから祝いの時なんかによく出されますが…アルツは飲んだことありませんか?」
シーガンは首を傾げる。
「あぁー…ないな、多分。覚えてないから」
「そう。飲んでみます?」
シーガンがまだ酒の残っている瓶を揺らしてみせる。どうやらさっきティリエに注いだのはクロチカだったみたいだ。
俺はコップの水を飲み干して注いでもらった。透明感のある薄い赤色をしている。自然的な甘い匂いがした。
「原料は果物かな?」
「よく分かりましたね。ライカという赤い実の果汁を醗酵させたものです」
果物か。なんとなく安心して俺はクロチカを飲んでみた。
確かに飲みやすい。酒というよりジュースみたいな感じだ。メヤリの家でもらったのと似てるけど…あれ、ひょっとしてクロチカだったのか?
「ふぅん、ティリエはこれが飲めないんだ」
「あのね、飲みやすいからって調子に乗ってるとあなたも倒れるわよ。ジュースみたいなお酒のほうが怖いんだから」
ティリエは言いながら果物をかじった。
は、早く言ってくれよ。俺はすでにコップ一杯のクロチカを飲み干してしまっていた。
顔色の変わった俺を見て、シーガンは微笑んだ。
「それだけ飲んで顔に出なければ、恐らく大丈夫ですよ」
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